東京都港区の
南部エリアは、
赤穂義士の所縁が
いっぱいあります。
盛りだくさんです。

泉岳寺はもちろん、
他にもありますよ。

赤穂義士は、
討ち入りの後、
4つの藩邸に
お預けの身になりましたが、
そのすべての藩邸が
港区内。
しかも、港区の南部に
あります。

その中で大石内蔵助を
はじめとする最も多くの
義士が預けられたのが
肥後熊本藩江戸下屋敷です。

熊本藩下屋敷址

その屋敷址が、
『大石良雄外十六人忠烈の跡』
です。
十七人がこの地で切腹しました。

今となっては
義士を預かった4藩邸のうち
当時の雰囲気を
最も身近に感じられる
場所でもあります。

高松中学校と
都営高輪1丁目アパートの
境界にあります。
(厳密にいえば、
アパートの敷地内)

その側に咲いていた
菫の花がきれいでした。
菫

そこで、今日は俳句ではなく、
大石内蔵助の
絶世の句といわれる句を。
絶世ではなく、討ち入り後に
詠んだのではないかとの
説もあります。

あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし

【大石良雄外十六人忠烈の跡】
住所: 東京都港区高輪1丁目16