麻布俳句教室

麻布で俳句――。「卯浪俳句会・麻布教室」で俳句を学ぶ仲間の活動記録です。

毎月第1土曜日開催の卯浪俳句会・麻布教室は、一緒に学ぶメンバー募集中です!当教室の詳細は、本ブログの「麻布俳句教室について」をご覧ください。 体験ご希望の方は、online@haiku.jp へご連絡ください。

2017年03月

「お墓参りした?」と
母から電話が来ました。
一瞬、「?」。

そうです、昨日は
春分の日でした。
お彼岸のお墓参りをしなければ。

今年の春分は、
3月20日に始まり、
4月3日まで。
お彼岸は3月17日から
23日まで。

毎年よ彼岸の入に寒いのは
正岡子規

確かに今年の彼岸の入り
(3月17日)は例年よりも
少しだけ気温が低めでした。
それでも最高気温15度。

それよりも、
こんなにシンプルな句でいいのか…。
と感心するばかりです。







そろそろワクワクの
桜の季節です。

4月の吟行地は
新宿御苑です。
新宿御苑

新宿御苑の
桜の開花状況は
いろいろなサイトで
情報提供されています。
たとえば、
花見特集2017」など。

新宿御苑のサイトでは、
「春の特別開園」が
紹介されています。
3月25日から4月24日までの
期間は無休で開園するそうです。

園内には3月下旬はヤマザクラ、
4月はイチヨウなど
次々と桜が咲き誇ります。
なんと65種1100本の桜が
順番に咲くそうです。

さて、その新宿御苑ですが、
もともとは徳川家康の家臣、
内藤清成が広大な領地を
拝領したことから始まります。

明治になり、
領地59ヘクタールを
大蔵省が購入して
園芸の「内藤新宿試験場」を
開設しました。
近代園芸に貢献しました。

1949年3月、
都立農業科学講習所が
廃止され4月1日から
「国民公園新宿御苑」と
名称をあらため、
5月21日に正式に
公開が始まりました。

東京には大きな公園が
たくさんありますが、
その中でも新宿御苑は
最もガーデン感が強く、
さらにとても広い。
他の公園とはちょっと違う
感じの公園ですよね。

さて、3月句会の兼題の
朧月。

霧や靄でかすんで見える
月のことですが、
朧って美味しそうですよね。
朧昆布や朧豆腐を
想像します。

朧は「肉づき偏」ではなく、
「月偏」です。
ぼんやりとかすんでいるさま。
はっきりしないさま。
不確かなさまの意味。
季題は春。

辛崎の松は花より朧にて
松尾芭蕉

人黒し朧月夜の花あかり
正岡子規

くもりたる古鏡の如し朧月
高濱虚子

春になると
空気の湿度が増し、
風景がぼんやりします。
春の景色
先日撮った東京の景色も
冬と比べて少しだけ
ぼんやりしています。
くっきりした景色は
今年の冬まで
お預けです。

3月1日に
「日本最北端?の句碑」 を
投稿しました。

あまりに大まかな内容で
投稿してしまいましたので、
少し調べてみることに
しました。 


日本最北端の句碑

飢ゑし啼く海猫に日増しの北風嵐
上村占魚

【句碑の所在地】
礼文島の北部、スコトン岬の
ある半島のつけ根にあります。

【いきさつ】
俳誌『みそさざい』の
創刊40周年の記念碑として
建てられました。
その主宰者であることから
上村占魚の句が刻まれました。
調べたら、『みそさざい』の
創刊は昭和24(1949)年。
ですから、創刊40周年は
1989年です。
この句碑は平成に建てられた句碑
ということになります。
しかし、なぜこの地なのかは、
調べられませんでした。
ちなみに、鷦鷯(みそさざい)の
季題は冬です。

【上村占魚】
大正9(1920)年9月5日生まれ。
平成8(1996)年2月29日逝去。
この年はうるう年だったのですね。
出生地は、熊本県人吉市。
本名は、上村武喜(たけき)。
俳句を始めたのは昭和12(1937)年。
18(1943)年から高濱虚子、
松本たかしに師事。
昭和24(1949)年に
俳誌『みそさざい』を主宰し創刊。
「ホトトギス」同人。

【その他代表句】
本丸に立てば二の丸花の中
鯉のぼり目玉大きく降ろさるる
月の色して鮎の斑のひとところ
天上に宴ありとや雪やまず
六面の銀屏に灯のもみ合える
(『覚えておきたい
極めつけの名句1000』より)

【参考サイト】
熊本県教育委員会「上村占魚」
なごみ紀行「俳人・上村占魚」






 

仕事が重なって、重なって、
「もうだめだ~」と思うとき、
時間をあえて犠牲にして、
ネイルサロンに行き、
きれいになった爪を
仕事中に眺めると
やる気が出ます。

だめなときのおまじないです。

菫


菫程な小さき人に生まれたし
夏目漱石

これを詠んだときの
漱石さんも落ち込んで
いたのでしょうか。

菫は静かに華麗に
咲いていますが、
逞しい。

そんな逞しさに憧れるほど、
漱石さんは
疲れていたのでしょうか。

それとも、
人間社会に嫌気がさし、
人知れず凛と咲く菫に
憧れたのでしょうか。

でも、この句を読むと
なんだか、ほっとします。
夜道で友人に会ったような。

漱石さんの時代に
ネイルサロンがあったら
おまじないを紹介したのに。

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