麻布俳句教室

麻布で俳句――。「卯浪俳句会・麻布教室」で俳句を学ぶ仲間の活動記録です。

毎月第2土曜日開催の卯浪俳句会・麻布教室は、一緒に学ぶメンバー募集中です!当教室の詳細は、本ブログの「麻布俳句教室について」「佳田翡翠講師について」をご覧ください。 体験ご希望の方は、online@haiku.jp へご連絡ください。

2017年03月

4月の句会の兼題は、
虚子忌と朧月です。

4月8日が高濱虚子の
忌日であることから。
昭和34年の同日に
逝去されたのだそうです。
享年85歳。

正岡子規の客観主義を継承し、
花鳥諷詠を説いた俳人……。
詳細は、日本伝統俳句協会の
サイトの
こちらをご覧ください。
(虚子の声も聞けます)

日本伝統俳句協会主催の
俳句教室で学んでいる身としては
「虚子忌」はちゃんとした句を
詠まねば!

きっとそういう風に
力むのが良くないですね。
虚子の理想は
次のようだったそうです。

「単純なること棒のごとき句、
重々しきこと石のごとき句、
無味なること水のごとき句、
ボーッとした句、
ヌーッとした句、
ふぬけた句、
まぬけた句」

遠山に日の当りたる枯野かな

桐一葉日当りながら落ちにけり

俳句歳時記。
どれがいいのか、
さっぱりわからないので、
角川学芸出版の「俳句歳時記」を
使っています。

理由は、
アマゾンの評価がよかったことと、
何しろ文庫なのでコンパクトで
軽量であることから。

先日、ネット検索していて、
これを発見。
ホトトギス俳句季題辞典

50音順に配列して
あるところが特徴。


頭の中に季題があって、
それについて
確認するときに便利です。

また、最後に月別季題一覧があり、
季節感が今一つ、わからない
私には、大いに使えそうです。

どちらがいい、ということではなく、
季節ごとに編集した歳時記と
両方を使いこなせるようになれば、
ツワモノですかねぇ。

『ホトトギス俳句季題辞典』
出版社: 三省堂
編集: 稲畑汀子
発行: 2008年6月
価格: 1620円


今日は3月14日、
ホワイトデーです。

日本のバレンタインデーが
メリーズなどチョコレート・メーカーの
企画から始まったのと同様、
ホワイトデーもメーカーの発案です。

贈り物には、ちゃんとお返しを。
律儀ですねぇ。

いろいろ調べても、
その誕生の正確なところは
わからないのですが――。

石村萬盛堂さんが発案した
「マシュマロデー」が発祥のようです。
1977年のこと。

全国区になるには、
他のメーカーも同調することが
必要ですが、
全国飴菓子工業協同組合
「ホワイトデー」の大キャンペーンを
実施しました。
1980年のことです。

全国飴菓子工業協同組合の
サイトに次のような文章がありました。

最初はキャンディデーにしたら
どうかという意見もあったけれど、
将来的見地からバレンタインデーの
お返しという位置づけがあったほうが
需要拡大につながる

確かに、慧眼です。
石村萬盛堂さんも同じく、
こんなに普及したのは、
イベントを独り占めしなかった
メーカーさんたちの心意気が
あったからでしょう。

さて、そのホワイトデー。
調べた限りでは、歳時記には
載っていませんが、
春の季題でいいのでしょうか。
それとも、あまりに
商業ベースなイベントなので
NGなのでしょうか。




普段はテレビの横に鎮座し、
わからないことを調べるのに
とても便利な電子辞書。

その電子辞書を
まさか、俳句で活用するとは、
初めてのときは驚きました。

確かに、国語辞書を引くと、
季題が載っています。
俳句を始めるまで
まったく気づきませんでした。

さらに、俳句歳時記も入っていて、
とりあえず、これがあれば、
歳時記を持って吟行する必要なし。
便利ですね。

一度、忘れて句会に行き、
スマートフォンを駆使しましたが、
ひどく不便でした。

贅沢をいえば
電子辞書がもう少し軽くなれば
なおありがたい。

私は、
大昔に買ったSHARPの
Papyrusをいまだに
利用しています。

俳句の持ち物

この前の句会で
意味不明だった
「青き踏む」を引いてみました。



1703句会2

まゆはきを俤にして紅粉の花
松尾芭蕉

山形市の佐藤松兵衛商店
「まゆはき」。

3月の句会のときの
栄子さんからの差し入れです。
栄子さん、ご馳走様でした。

さてさて、この俳句。
紅花を、眉を整える眉掃きに
例えていますね。
紅花の季題は夏。
この句が詠まれたのは、
尾花沢だったのですか。
このお菓子をいただきながら
初めて知りました。

すると、上杉鷹山について
書かれた藤沢周平さんの
「漆の実のみのる国」を
思い出しました。

米沢藩では、
漆や青苧(あおそ)、桑、紅花など
お金になる作物の生産を
奨励して、財政の立て直しを
図りました。

芭蕉は江戸前期の人で、
鷹山は中期の人。
ということは、
芭蕉が見た紅花は、
鷹山が奨励する前に
咲いていた紅花です。

芭蕉が尾花沢を訪れる前から
最上川周辺は紅花の産地だったそう。
鷹山は、以前から特産だった
紅花を強力に増産させたわけですねぇ。

ところで、
鷹山は芭蕉の句を
知っていたのでしょうか。
「鷹山さん、いかが?」




 

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