麻布俳句教室

麻布で俳句――。「卯浪俳句会・麻布教室」で俳句を学ぶ仲間の活動記録です。

毎月第2土曜日開催の卯浪俳句会・麻布教室は、一緒に学ぶメンバー募集中です!当教室の詳細は、本ブログの「麻布俳句教室について」「佳田翡翠講師について」をご覧ください。 体験ご希望の方は、online@haiku.jp へご連絡ください。

2017年04月

3月の終わりに撮った写真です。

シデコブシ

花びらがいっぱいなので、
四手辛夷(しでこぶし)かと思います。

あまりに清らかで、
白い花びらがまぶしくて、
思わず写真に収めました。

辛夷と聞いて
何を思い浮かべますか?
ベタですが、私はどうしても
「北国の春」by千昌夫です。
1979年のヒットといいますから、
いやはや40年近く前!!

「白樺 青空 南風
辛夷咲く あの丘
北国の ああ北国の春」ですね。

作詞のいではく氏は
長野県南佐久郡南牧村の出身で、
いわゆる北国出身ではありません。
しかし、おそらく、
故郷の春の光景を思い起こして
書かれたものだと想像できます。

辛夷が咲いて、
「待ちに待った春が来た」と
思う気持ちが伝わってきます。

さて、その辛夷ですが、
木蓮と同じ仲間。
北国だけでなく、全国の山地に
自生しています。
季題はもちろん春。

『ホトトギス俳句季題便覧』に
こんな句がありました。

風出でて辛夷の花の散る日なり
藤松遊子


風は春を連れてきてくれますが、
春の花々を散らしてしまう。
春の風はいろいろです。

そして、もう一句。

どこからも辛夷の見える林かな
佳田翡翠


さて、さて、今日は、
4月の句会で詠んだ
メンバーの俳句をご紹介する
第2弾です。

昨日は4人の作品を、
今日も4人の作品を
ご紹介します。


桜蘂

雨上がり桜蘂降る池の辺に
香深

桜咲きまた新しき日々となり
一剣

青きかな右近桜の際立ちて
詩音

花の門くぐりこれより花の句座
翡翠


4月1日(土曜日)に
開催した句会。

麻布俳句教室では
いつも兼題から2句、
嘱目5句、
合わせて7句を投句します。

ちなみに、
嘱目とは、即興で
目に触れたものを詠むという
意味です。
このような俳句用語を
一つ一つ覚えると、
俳句がうまくなったような
気分になります。
(あくまでも気分です…)

今回は各自が詠んだ
7句の中から
自分のベスト作を
選びました。
今日と明日の2回で
全員の句をご紹介します。


枝垂桜

微笑みに微笑み返す花の下
栄子

平安の絵巻のごとき花の宴
キヨ子

白木蓮ひとひら乱れこぼす雨
ひとみ

虚子の忌や百年つなぐ句のこころ
風虎

椿




昨日(4月1日)、
4月の句会を
開催しました。

吟行地は新宿御苑です。

新宿御苑

あいにくの雨、
しかも寒かったですが、
吟行がなければ、
春の冷たい雨の中、
御苑を巡る機会はありません。

「雨だから空気がきれい」と
桜見物の女性の声が
聞こえてきました。
同感です。

そして、すべてが
瑞々しく見え、
ゆっくりゆっくり散策しました。

今冬は比較的暖冬で、
2月は雨が少なく、
3月は気温が低いことから、
桜は開花宣言が出ても、
満開まで時間がかかっています。

ピンク色がかわいい陽光は
ほぼ満開でしたが、
ソメイヨシノは満開までは
あと数日かかりそうでした。

新宿御苑には、
全国から集めた約75種、
約1500本の桜が
植えられているそうです。

御苑の案内板によると、
「中でもイチヨウに代表される
サトザクラの品種が豊富」
とのこと。

そのイチヨウや関山は
まだまだ固い蕾でした。

逆に寒桜はすでに
咲き終わり、
こんなに眩い緑の葉が。

修善寺寒桜

修善寺寒桜です。

三々五々、苑内を巡った後、
11時半に集合。

句会場に向かいました。
昨日の句会場は
新宿御苑から最寄りの
青山いきいきプラザでした。

さて、どのような句ができたでしょう。
明日、メンバーの句をご紹介します。




松尾芭蕉句碑 天現寺

一里はみな花守の子孫かや
松尾芭蕉

東京都港区の
多聞山天現寺にある
松尾芭蕉の句碑です。

そう、広尾近くの
あの天現寺です。

天現寺の前は
よく通りますが、
お参りしたのは
初めてでした。

松尾芭蕉句碑 天現寺2

すごく手入れの
行き届いた建物と庭。
気持ちがスキッとする
境内です。

そのお庭の一角に
松尾芭蕉の句碑が
あります。

多聞山天現寺の
ウェブサイトによると、
句碑の裏面には、
「文政六癸未初冬」および
「其薫四方に満つるや八重桜」
と掘られているとのこと。

文政の頃にこの寺で
句会が催されたことから、
この句碑が建った
のではないかと書かれています。

文政6年といえば、
1823年。
江戸後期ですね。

多聞山天現寺は
正徳3(1713)年に
開山している
そうですので、
約100年後に
この碑が建立された
ことになります。

一里はみな花守の子孫かや

芭蕉がこの句を
詠んだのは
元禄3(1690)年。
蛙の句の4年後です。

奥の細道の旅を終えて、
伊賀に帰省。
再び旅立ち、
立ち寄った先で
詠んだ句です。

「花垣の庄」の故事を
踏まえて、
この一帯の人々は
皆、花守の子孫なのかと
詠んだ句だそうです。

天皇の妃が
伊賀の国余野の庄に
桜を植えさせ、
開花の時期7日間は
この一帯の人々が
宿直して花を守った
ことから花守。
(伊賀市予野には
花垣神社があり、
花守の句碑もあります)

花守が季題。

達筆が読めず、
句碑を訪ねても
その場で理解することが
できないので
四苦八苦ですが、
多聞山天現寺の句碑の
表面にも
「伊賀の国花垣の花は~~」
と前書きがあります。

所在地: 東京都港区南麻布4-2-35
      多聞山天現寺
交通: 地下鉄日比谷線
     広尾駅から徒歩7分

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