長くブログをお休みし、失礼をいたしました。
とても悲しいお知らせをしなくてはなりません。
麻布俳句教室の講師、佳田翡翠が
6月8日、急逝されました。
2012年5月、麻布俳句教室を
立ち上げてくださり、
約9年間にわたり、
俳句初心者の私たちを
優しく、時に厳しく
導いてくださいました。
真砂女逝く銀座の柳芽吹く頃
2003年3月、
鈴木真砂女さんの訃報を受け
翡翠先生が詠まれた句です。
私たちも翡翠先生に倣い、
この悲しみと感謝の気持ちを詠み
先生に捧げます。
翡翠先生の新盆を迎えました。
麻布俳句教室の生徒一同、
謹んで哀悼の意を表します。
***
翡翠先生の訃報を聞いて
早や一か月。
今でもまだ信じられません。
長い自粛生活の中、
お会いできないままの
時間が続いているだけのような。
翡翠先生に
一剣の俳号を付けて頂き、
たいへん多くの事を教えて頂きました。
本当に感謝をしております。
あらためて、先生の教えを振り返り、
今後も俳句を続けて
行きたいと思います。
睡蓮の水辺に悼むばかりなり
ご冥福をお祈りいたします。
守谷一剣
***
華やかでお声のきれいな方。
それが翡翠先生の第一印象だった。
以来十数年師匠と仰いできて、
こんなお別れをするとは。
風虎さんはアヴァンギャルドね、と
時々笑われたけれど、師匠こそ
際立つ斬新なセンスを持たれ、
唯一無二の翡翠ワールドを
確立しておられた。
歳時記を開くたびにお声がする。
翡翠に導かれつつ来し小径
今後も俳句と真摯に取り組むことで
ご恩返しをしてゆきたいと思う。
あぢさゐやたをやかに生き急がれて
翡翠去り透きとほる声残りけり
鈴木風虎
***
翡翠先生はいつも美しく明るい方でした。
突然の御訃報に茫然とするばかりです。
その帰りの地下鉄で一緒でした。
乗り換えの駅まではまだ先のようでしたが、
急に「ここで降ります」と慌ただしく
降りていかれ、挨拶もできませんでした。
その姿がまだ目に残っています。
ご冥福をお祈りします。
眠れぬ夜瞼に浮かぶ蓮の花
石橋キヨ子
***
突然のお別れ。
お礼も言えぬもどかしさ。
風、光、私を包む全ての中に
先生がいらっしゃいます。
ありがとうございました。
師逝ける青葉煌めくその中へ
藤岡詩音
***
先生に会へさうな道夏の雨
翡翠先生ご逝去の報は
あまりにも突然で、
心がまだ追いついておりません。
先生から教わった美しい季題は
身近に溢れていて、
先生を思い出しては
立ち止まってしまいますが、
先生の教えを胸に、
俳句を続けて参ります。
俳句という、楽しく厳しい世界に
お導き頂いたことを
心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ
麻布教室をお見守りください。
原田佳織
***
合同句集の先生の扉に燈台の
イラストを載せたことが……
追悼句集になってしまいました。
燈台の灯が消えた海の夏
和田道楽
***
「大丈夫」翡翠先生の声が
聞こえます。
俳句に全く縁のなかった私が、
体験で句会に参加して、
その日のうちに始めてみようと
思えたのは、翡翠先生のマジックです。
自分の俳号に中々慣れず、
句会で何度か「翡翠」と名乗ってしまい、
先生を驚かせてしまいました。
やっと如翠と名乗れるように
なりましたのに。
翡翠先生につけていただいた俳号、
大切にいたします。
名を呼べど師のこゑはるか五月闇
今生のこゑを残して翡翠発つ
吉田如翠
***
秋霖や句集繙き悼みけり
昨年、初めて六本木ヒルズの
毛利庭園で吟行をし、
句会に参加致しました。
それが、翡翠先生との一期一会の
句会になってしまいました。
先生は、私に美しい季語を
幾つも教えてくださいました。
追悼句の「秋霖」は、
最初に教えて頂いた季語です。
日本には美しい言葉が
沢山あることに気づき、
日増しに俳句作りが
楽しくなっていきました。
本当にお優しい先生でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
菊井美奈子
***
先生から「はじめまして」と
連絡をいただいたのが
昨年の6月上旬でした。
お会いできた際には
昔勤務された日本経済新聞社での
思い出を話してくださいました。
「入社試験の作文のテーマが
“生きる”だったの。その後の面接で
役員から『僕は吉田さんの作文が
とっても好きだなぁ』って
言っていただいて。入社してみたら
その人が本部のトップの方だったの」
先生はきっと充実した人生を
送られたと思います。
それでも余りに早すぎます。
~歌舞伎が大好きだった先生に捧ぐ~
柝の音の響く花道翡翠の忌
福田鉄馬
***
ご冥福をお祈りいたします。
とても悲しいお知らせをしなくてはなりません。
麻布俳句教室の講師、佳田翡翠が
6月8日、急逝されました。
2012年5月、麻布俳句教室を
立ち上げてくださり、
約9年間にわたり、
俳句初心者の私たちを
優しく、時に厳しく
導いてくださいました。
真砂女逝く銀座の柳芽吹く頃
2003年3月、
鈴木真砂女さんの訃報を受け
翡翠先生が詠まれた句です。
私たちも翡翠先生に倣い、
この悲しみと感謝の気持ちを詠み
先生に捧げます。
翡翠先生の新盆を迎えました。
麻布俳句教室の生徒一同、
謹んで哀悼の意を表します。
***
翡翠先生の訃報を聞いて
早や一か月。
今でもまだ信じられません。
長い自粛生活の中、
お会いできないままの
時間が続いているだけのような。
翡翠先生に
一剣の俳号を付けて頂き、
たいへん多くの事を教えて頂きました。
本当に感謝をしております。
あらためて、先生の教えを振り返り、
今後も俳句を続けて
行きたいと思います。
睡蓮の水辺に悼むばかりなり
ご冥福をお祈りいたします。
守谷一剣
***
華やかでお声のきれいな方。
それが翡翠先生の第一印象だった。
以来十数年師匠と仰いできて、
こんなお別れをするとは。
風虎さんはアヴァンギャルドね、と
時々笑われたけれど、師匠こそ
際立つ斬新なセンスを持たれ、
唯一無二の翡翠ワールドを
確立しておられた。
歳時記を開くたびにお声がする。
翡翠に導かれつつ来し小径
今後も俳句と真摯に取り組むことで
ご恩返しをしてゆきたいと思う。
あぢさゐやたをやかに生き急がれて
翡翠去り透きとほる声残りけり
鈴木風虎
***
翡翠先生はいつも美しく明るい方でした。
突然の御訃報に茫然とするばかりです。
俳句は紙とペンがあれば
ベッドの上でも出来るのよ
続けなさい。と入院前の私を
励まして下さいましたのに。
ベッドの上でも出来るのよ
続けなさい。と入院前の私を
励まして下さいましたのに。
先生はどうして逝ってしまわれたのですか。
未だに信じらません。
ご主人様の許に行かれたのでしようか。
そう思うのがせめてもの救いですが、、
未だに信じらません。
ご主人様の許に行かれたのでしようか。
そう思うのがせめてもの救いですが、、
ご冥福をお祈りいたします
薔薇の香に華やぐ声の偲ばるる
大原栄子
***
突然の訃報に驚き
信じる事ができませんでした。
手術後元気で句会にお見えになったので
安心していました。大原栄子
***
突然の訃報に驚き
信じる事ができませんでした。
手術後元気で句会にお見えになったので
その帰りの地下鉄で一緒でした。
乗り換えの駅まではまだ先のようでしたが、
急に「ここで降ります」と慌ただしく
降りていかれ、挨拶もできませんでした。
その姿がまだ目に残っています。
ご冥福をお祈りします。
眠れぬ夜瞼に浮かぶ蓮の花
石橋キヨ子
***
突然のお別れ。
お礼も言えぬもどかしさ。
風、光、私を包む全ての中に
先生がいらっしゃいます。
ありがとうございました。
師逝ける青葉煌めくその中へ
藤岡詩音
***
先生に会へさうな道夏の雨
翡翠先生ご逝去の報は
あまりにも突然で、
心がまだ追いついておりません。
先生から教わった美しい季題は
身近に溢れていて、
先生を思い出しては
立ち止まってしまいますが、
先生の教えを胸に、
俳句を続けて参ります。
俳句という、楽しく厳しい世界に
お導き頂いたことを
心より御礼申し上げます。
これからもどうぞ
麻布教室をお見守りください。
原田佳織
***
合同句集の先生の扉に燈台の
イラストを載せたことが……
追悼句集になってしまいました。
燈台の灯が消えた海の夏
和田道楽
***
「大丈夫」翡翠先生の声が
聞こえます。
俳句に全く縁のなかった私が、
体験で句会に参加して、
その日のうちに始めてみようと
思えたのは、翡翠先生のマジックです。
自分の俳号に中々慣れず、
句会で何度か「翡翠」と名乗ってしまい、
先生を驚かせてしまいました。
やっと如翠と名乗れるように
なりましたのに。
翡翠先生につけていただいた俳号、
大切にいたします。
名を呼べど師のこゑはるか五月闇
今生のこゑを残して翡翠発つ
吉田如翠
***
秋霖や句集繙き悼みけり
昨年、初めて六本木ヒルズの
毛利庭園で吟行をし、
句会に参加致しました。
それが、翡翠先生との一期一会の
句会になってしまいました。
先生は、私に美しい季語を
幾つも教えてくださいました。
追悼句の「秋霖」は、
最初に教えて頂いた季語です。
日本には美しい言葉が
沢山あることに気づき、
日増しに俳句作りが
楽しくなっていきました。
本当にお優しい先生でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
菊井美奈子
***
先生から「はじめまして」と
連絡をいただいたのが
昨年の6月上旬でした。
お会いできた際には
昔勤務された日本経済新聞社での
思い出を話してくださいました。
「入社試験の作文のテーマが
“生きる”だったの。その後の面接で
役員から『僕は吉田さんの作文が
とっても好きだなぁ』って
言っていただいて。入社してみたら
その人が本部のトップの方だったの」
先生はきっと充実した人生を
送られたと思います。
それでも余りに早すぎます。
~歌舞伎が大好きだった先生に捧ぐ~
柝の音の響く花道翡翠の忌
福田鉄馬
***
ご冥福をお祈りいたします。