このブログを始めて、
早、7か月が経ちました。
出先で目にとまったものを
画像に収めても、
季節がずれていて、
ブログへの掲載を
延期したものが
多々あります。
その中で最も塩漬け期間が
長いのが今日ご紹介する
句碑です。
薬王寺にある
加賀千代の句碑は、
なんと今年の3月に撮影したもの。
朝顔は秋の季題なので、
半年近い時を経て
ご紹介することができます。
なんだかうれしい~。
朝顔やつるべ取られてもらひ水
加賀千代女
一般的には、
「朝顔に」で知られていますが、
千代女が暮らした加賀で
推敲されて「朝顔や」に。
加賀は、俳諧が盛んだったそうです。
芭蕉と同じ時代を生きた
千代女については、
「千代女の里俳句館」の
ホームページをご参照ください。
さて、画像の句碑があったのは、
石川県白川市ではなく、
東京都港区。
高輪と三田の境にある薬王寺です。
薬王寺は寛文元(1661)年に
現在の場所に移転した由緒あるお寺。
朝顔の句碑(朝顔の井戸)のほか、
中林悟竹の墓があり、
御田小学校発祥の寺でもあります。
薬王寺の井戸の側に
句碑があります。
句の下には、
「朝顔の井戸
俳人加賀の千代女の
朝顔に云々の句由縁
の井戸也
又江戸三大火の厄を
逃れたを***火防
感応高祖と***霊水の
名聞***
敬白」
と刻まれています。
(***は読めなかった箇所)
千代女がこの霊水の井戸に
立ち寄ったときに
詠んだという話がありますが、
もし真実ならば、
宝暦11(1761)年に
上京したときかも。
このとき、千代女59歳でした。
薬王寺
住所:東京都港区三田4-8-23
最寄駅:白金高輪駅
早、7か月が経ちました。
出先で目にとまったものを
画像に収めても、
季節がずれていて、
ブログへの掲載を
延期したものが
多々あります。
その中で最も塩漬け期間が
長いのが今日ご紹介する
句碑です。
薬王寺にある
加賀千代の句碑は、
なんと今年の3月に撮影したもの。
朝顔は秋の季題なので、
半年近い時を経て
ご紹介することができます。
なんだかうれしい~。
朝顔やつるべ取られてもらひ水
加賀千代女
一般的には、
「朝顔に」で知られていますが、
千代女が暮らした加賀で
推敲されて「朝顔や」に。
加賀は、俳諧が盛んだったそうです。
芭蕉と同じ時代を生きた
千代女については、
「千代女の里俳句館」の
ホームページをご参照ください。
さて、画像の句碑があったのは、
石川県白川市ではなく、
東京都港区。
高輪と三田の境にある薬王寺です。
薬王寺は寛文元(1661)年に
現在の場所に移転した由緒あるお寺。
朝顔の句碑(朝顔の井戸)のほか、
中林悟竹の墓があり、
御田小学校発祥の寺でもあります。
薬王寺の井戸の側に
句碑があります。
句の下には、
「朝顔の井戸
俳人加賀の千代女の
朝顔に云々の句由縁
の井戸也
又江戸三大火の厄を
逃れたを***火防
感応高祖と***霊水の
名聞***
敬白」
と刻まれています。
(***は読めなかった箇所)
千代女がこの霊水の井戸に
立ち寄ったときに
詠んだという話がありますが、
もし真実ならば、
宝暦11(1761)年に
上京したときかも。
このとき、千代女59歳でした。
薬王寺
住所:東京都港区三田4-8-23
最寄駅:白金高輪駅